狩猟について(真面目な話)

ストーリー等でご存知の方もいると思いますが

「狩猟」について今一度考えるきっかけになりました。

この件はとても勉強になりました。

 

 

今回のブログは主観が強く、偏ったものかもしれません。

それを踏まえて読んで頂ければ幸いです。

 

 

以前のブログにも書いたのですが私が狩猟に興味を持ったのは

畠山千春さん著書「わたし、解体はじめました」という本に出会ったことがきっかけです。

東日本大震災をきっかけに、

「生きていく」ということに真摯に向き合い彼女は狩猟という手段で

命を頂いて感謝し生きていくことの喜びを日々実感しています。

 

私はもともと現代の便利な生活や「食」がどこでも手に入る状況に何となく疑問を持っていたので、

この本の内容はすっと入ってきました。

「狩猟」というものに偏見もなかったので「これだ!」と思い、

狩猟免許をすぐに取りに行きました。

 

 

水も植物も菌類も虫も動物も命があります。

特に動物は人間に近く、

愛らしかったり、表情豊かで感情を持っていたり、仲間思いだったり、

そんなところを純粋に愛している人たちはたくさんいてます。

私もその一人です。

 

何故狩猟文化があるのか?

狩猟というのは人間のエゴで増えすぎた動物たちを殺生しているだけに見えるでしょうか?

狩猟をされている方の想いは様々です。

 

命を頂くことを身近に感じたい人。

趣味で狩猟をしている人。

お金の為に仕方がなく狩猟をしている人。

狩猟を生きがいとして生活している人。

 

 

狩猟はここ最近でできたものではありません。

何万年も前から人間にとっては身近であったと思います。

自分が生きていくために、家族を守るために命をかけて戦った人もいるかもしれません。

 

そんな歴史や文化、大袈裟に言うとDNAに刻み込まれ今なお受け継いでいます。

その歴史や文化を今すぐに変えることは出来ない。

狩猟で家族を守っている人たちもいてます。

狩猟で町を活性化しているところもあります。

狩猟を生きがいに生きている人もいてます。

 

(鳥を飼っていて、卵や飼っている鳥を自分で捌いて食して

生活しているおばあちゃんに会ったことがあります。

おばあちゃんは誰よりも飼っている鳥を愛し、最後は自分の手で絞め「ありがとう」と手を合わせ

「美味しく食べようね」と優しく私に言ってくれました。この方はきっと生まれてからこの営みを忘れずに行っているのだなと思いました。

そんなおばあちゃんに「鳥が可哀想!今すぐこんな生活を辞めろ!」なんて誰が言えるでしょうか?)

 

 

どれもこれも人間が生きていくための言い訳でしょうか?

結局は人間のエゴでしょうか?

 

 

 

生まれてきた家系や境遇、地域や時代の変化がその人を作っていると思います。

誰もそれは否定出来ない。

 

人それぞれ信念は違います。

 

 

 

私が狩猟を通して伝えたいのは、「食べる=当たり前」になってきているということです。

まずはここからです。

他生命のおかげで、

誰かのおかげで、

自分の手元に食べ物が来ます。

そんな当たり前のことを私も含めしっかり理解が追い付いていないと思います。

 

そこを理解した人たちがレベルアップし、やっと次の問題へと挑めるのです。

ビーガン料理や精進料理の意味、

無農薬野菜や無添加の食材・調味料を選ぶ大切さ。

ここをしっかり理解している方は本当に素晴らしく、かなり意識の高い方たちだと思います。

 

まずは根本的なことから私は始めて行きたいのです。

 

ではどうすれば良いのか?

日々捨てられていく大量の命。

きっとこんなことは良くないと思っているけど

どうしたらいいか分からない。

 

そのビジネスをしているところに行って面と向かって反論する?

そんなことをすると私は大きい力が働いて消されます。

というか、相手にもされない。

 

この問題と向き合う為に

NPO法人を立ち上げている人も居れば、

自分たちで野菜や果物を作っている人、

現場で向き合っている人、

動物愛護団体に入っている人もいれば、

私のように狩猟を通して向き合う人、

 

皆手段が違うだけで、伝えたいことは似ている。

 

 

まずは自分がよく知るために勉強している人がたくさんいてます。

私はまだまだその段階で、たまたま狩猟という手段を選びました。

 

 

命を頂くことは決して当たり前ではない。

しかし、私も命を粗末にしたことがあります。

お腹がいっぱいで食べられなくて、何の感情もなく捨ててしまうこともあります。

野菜や果物をたくさん腐らせてしまったこともたくさんあります。

そんな愚かな部分も受け止めていかないといけないと思います。

 

 

どう伝えたらいいのか?そんなことを自分なりに考え行動し発信している人は

本当にたくさんいてます。

 

私が出来ることは小さいことばかり。

少しでも気軽に見てもらえるようなものであれば出来るかもしれない。

 

私を通して本当の意味でも理解して欲しい。1人でも伝わればいい。

 

現代に合わせ、特に若い世代に多く見てもらいたい。

いきなり長文で「命の循環は美しくて・・・」と語りだすと

「宗教にでも入ってるの?」

「えw怖い怖い」

「ちょw何語ってるんw受ける~w」(←これは本当に言われました。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

なので出来るだけフラットに感じられるように。

私の出来ることを私を通して伝えていきたい。

私は何の影響力もないし知識も豊富ではない。

けど、この違和感を自ら実感しそれを本音で発信し続けていきたい。

小さいことをしながらその中で失敗しながら、成功しながら

少しずつ少しずつ人生をかけてやっていきたいのです。

 

 

 

有難いことにLacomaの取材をして頂くことが多くなりました。

テレビやラジオ、新聞など地方ではありますが

発信していく側の責任を感じてきています。

 

私の発言で古座川町自体のイメージが悪くなる可能性もあります。

発信していく立場として気を付けなければならない。

さらに顔も知らない不特定多数の人に知られ、リスクも大きい。

ご意見はもちろん大事ですが

心無い言葉はとても傷つくと思います。

特に匿名であれば恐怖を感じることもあると思います。

周りの人たちも巻き込む可能性もあります。

「私はいいから他の人のことは言わないで」と

芸能人がアンチに対して言っているのをよく見ます。

 

でもやっぱり自分が一番傷ついていると思います。

人は弱いです。とても弱い。

 

 

意見や信念が自分と全く違っていてもその人が一生懸命していることを

断片的な面だけを見て正義感任せに感情的にならず、

優しくソフトに自分の想いを伝えたらいいと思います。

 

そうすると今回のように、良い時間だったねと平和な心でいられます。

このきっかけを与えて下さった方にはとても感謝しています。

 

 

多方面から、色んな視点から、物事を見ることがいかに大事かということに

改めて気づかせてもらいました。

 

 

私はこれからも変わらずLacomaに人生を捧げていきます。

 

 

4 件のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です